春が旬の食材
春の椀種
<3月>
3月の椀種は羽二重薯(はぶたえしんじょ)でしょう。魚のすり身を使った蒸し物で、はんぺんのようなものです。絹織物のように純白で艶があって舌さわりがなめらかです。
これに具と青味と吸い口を添えて清し汁にします。具に良く使われるのは、蛤の葛打ち、鴨やうずらの抱身、巻海老など。青味には嫁菜やわらび、吸い口にはゆでたふきのとうの葉などが合います。
羽二重薯は、この時期ほとんどの料理屋さんで出されますが、添えてある具や青味、薯の中の具、舌ざわりや形にそのお店の特徴がよく表れてきます。食べ比べてみて下さい。
<4月>
4月の椀種は甘鯛ということになります。甘鯛は、駿河湾でとれる「興津鯛」として知られています。甘鯛と同種でよく似ている点に、ぐじと白皮があります。それぞれ形は同じようですが、色が微妙に違います。甘鯛は真鯛と同じように赤く、ぐじは薄い桃色、白皮は白っぽい色をしています。甘鯛の方は色も鮮やかで、味もきめが細かいようです。
椀器は桜模様のものが多く使われます。桜模様の椀で出される甘鯛の椀物。この一品だけで十分「4月」の季節を堪能していただけると思います。
※ なお、漆塗りの椀は取扱いに注意がいります。食べ終わった後、蓋を逆さにして椀を重ねると塗り物に傷が付くことがありますので、出された通りに蓋をするのがマナーです。
さより
細魚あるいは針魚と書きます。
文字通り全身が細く、針のように銀色をしています。
「サヨリは薄い サヨリは細い」と詩人・北原白秋がうたったように、上品で繊細な海の貴婦人です。
ただ、容姿の唯一の欠点は、下顎が細くとがって突き出していること。体長35センチほどの魚に5センチほどもある下顎は、水面にいるプランクトンをすくいとって食べるのに使われるのだそうです。
トビウオとは遠い親戚関係にあり、サヨリも追われると水面から飛び出してジャンプします。身は透き通るほど白く繊細。水分が多い魚なので、軽く昆布締めをしてお造りや寿司ネタにされます。透明な身にわずかに見える黒い筋は、腹腔粘膜の色。この色から、まるで美人の欠点を探そうとするように「サヨリは美しいが腹が黒い」などと悪口も言われます。旬は春と秋の2度ありますが、すがすがしい形と淡白さが春の食卓に好まれています。
菜の花
日本料理の楽しみは、窓の外より一足早く、卓上に季節が訪れること。
それも猛々しさを洗い落とし、洗練された野趣に姿を変えて、季節を伝えてくれています。菜の花もそうした春の使者の代表格。鮮やかな緑と黄色が、この時期だけの彩りを演じています。 菜花(なばな)あるいは花菜(はなな)と呼ばれる菜の花が、食材として扱われるようになったのはここ50年ほど。蕾(つぼみ)がわずかにふくらんだ頃摘み取って、菜の花漬けにしたり、ゆでて煮物に添えたり、辛子醤油であえたりなどします。本来は切花用として栽培されてきたものだったので、漬けてもゆでても姿がきれい。
登場する時期の短い里の幸ですから、召しあがる前に春の色を十分楽しんでください。
木の芽
山椒(さんしょう)の若葉のことですが、 濃い緑と整った形から日本料理にはなくてはならない名脇役として愛用されています。
ミカン科の落葉潅木ですから、この若葉が生まれるのは春の証拠。
菜の花と共演して料理に季節を伝えることもあり、春にはなくてはならない存在です。
山椒は和風の香辛料として、花と実が使われていますが、若芽である木の芽も色と形だけでなく香りもしっかり持っています。
手のひらにはさんでパーンと打つだけで、すがすがしい香りが鮮やかに立ってきます。さらに強く香りを引き出したいときには、包丁の背中でトントンと叩く。
もっと強い香りだけが欲しければ、あたり鉢(すり鉢)に入れてゴリゴリとおろし、田楽味噌やあえ衣に混ぜて色と香りだけを召しあがれ。
お造りなどに添えられて通年で見ることができますが、ほんとうの香りを楽しむには春のこの時期が一番です。
筍
竹を食べるとは、西洋人にとってさぞかし仰天ものだったでしょう。竹は南仏のプロバンスあたりで細々と自生しているくらいで、竹そのものに馴染みがないのです。しかし日本人にとってタケノコはおいしい食材の一つというだけでなく、春の到来を告げる嬉しい印でもあります。
日本の食用タケノコの代表は、真竹、淡竹、孟宗竹です。収穫時は順に、六月、五月、四月。いずれも中国からの舶来で、真竹、淡竹が『古今和歌集』に登場するほど古い歴史をもつのに比べると、孟宗竹は新参者。といっても一七六三年、鹿児島に上陸した江南竹がその元祖といわれています。そこから全国に広がりましたが、京都の長岡京付近の粘土質の土壌がタケノコに良く合い、日本で最高品質のタケノコの産地となっています。
巷に、「タケノコの刺身は最高」などといわれますが、実際にはとても食べられたものではありません。たしかに生の栗のような味はするのですが、アクが強く、食べたとたん、まるで口の中でトゲの爆弾が破裂したようです。タケノコは含ませ煮がいちばんおいしい料理法ですが、淡白なタケノコと相性の良い油揚げを入れたタケノコ御飯もおいしいものです。
タケノコは「筍」あるいは「荀」と書きます。どちらも「旬」という字が入るのは、日本人に季節感を運ぶタケノコの本質をよく表しているといえるでしょう。
蛤
この二枚貝が「ハマグリ」と呼ばれるようになったのは、貝の形や色が栗に似ており、山の栗に対して「浜の栗」といわれたことから、とされています。また、栗は石の意味で、石が地中にあるのに似ているところから、という説もあります。
桑名のハマグリには、見た目にも「浜の栗」という昔の呼び方にふさわしい色・つやがあります。殻が厚く、身はふっくらと大きく、全国のグルメたちに「ひと味違う」と喜ばれているのはそのためでしょう。
ハマグリは、真水と塩水の合流地点で獲れるものが最も品質が良く、「その手は桑名の焼きハマグリ」で有名な桑名市は、この条件を十二分に満たしています。揖斐・長良・木曽の三大河川が合流し、伊勢湾の海水と淡水がほどよく交じり合う河口に位置しているからです。その河口地域は、水深五メートル以浅の海域が三十キロメートルまで続き、ハマグリの生息に適した場所を作り出しているのです。
ところで、前出の「その手は・・・・・・」に登場する焼きハマグリですが、歴史はかなり古く、江戸時代にはすでに名物として知られていました。浮世絵『東海道五十三次』を描いた安藤広重の『広重日記』にも、次のような一節が登場します。「名物焼き蛤にて一酌を楽しみに、ようやく桑名へつく。早速茶店に越をおろして一盃傾けながら賞味す。まことに珍味なり(天保元年八月)」当時はゴロゴロと獲れていたハマグリを、浜街道の茶店では、砂浜に落ちている松さや松の葉で焼いて、旅人に売っていました。こうすると、ハマグリの風味とともに松の香りも楽しむことができるのです。
松とハマグリは昔から相性がよいとされ、松かさで焼いたハマグリには中毒の心配がないと言われていました。また、松の木が老衰して枯れかかったときには、根本にハマグリの貝殻を埋めるか、ゆで汁をかけると、不思議なことにたちまち生き返る、という話も伝えられています。
余談になりますが、松かさは火気が柔らかで熱が平均的にまわるので、当時は煮物やお茶を煮るときなどに燃料としてよく使われていました。
現代、とくに家庭では、なかなか松かさを使うわけにはいきませんが、ハマグリをうまく焼くにはコツがあります。 船津屋では、まずハマグリの蝶番の目を切ります。こうすると、焼き上がっても貝の蓋が開かず、うまいつゆが逃げないのです。火にかけるときは、貝柱が下に付くよう貝の長い方を左にして置きます。
そして「備長炭」でコボコボいうまでじっくり焼きます。下から火を当てられたハマグリは、熱いので上の殻に張りつき、下の殻にはつゆがたまります。そのまま皿に置いて食べます。調味料は使わずに、貝そのものの味を楽しみたいものです。
野草、山菜の苦味を楽しむ
春の野遊びを兼ねた期間限定の山菜摘みは、三月~四月が旬となります。栽培物の野菜とは異なり、春の味覚の野草や山菜は大地を割って芽を出す生命力にあやかろうとするかのような食材といえます。
蕗の薹、芹、なずな、嫁菜、よもぎ、たんぽぽ、土筆、のびる、野かんぞう、山うど、枸杞、五加、小豆菜、こごみ、わらび、ぜんまい、ぎぼうし、うるい、たらの芽、いたどり、しどけ、竹の子などの野山に自生する山菜にはおしなべて苦味や香り、アクがあり、独特の風味があります。いずれもそれぞれに適したアク抜きをし、水によく晒してから料理します。
蕗の薹なら佃煮、蕗味噌、味噌漬け、煮浸し、含ませ煮、天ぷら、汁の実、混ぜご飯、茶漬けなどにします。
一般に野草や山菜は浸しもの、酢の物、和え物(白和え、貝・鳥賊類などとの黄身酢和え、酢味噌和え、辛子醤油和え、胡麻和え、くるみ和え、粉節和えなど)、佃煮、天ぷらなどに用います。春の料理はよく苦味を食するといわれるゆえんです。